
ランス4.1~お薬工場を救え!~©Alicesoft 1995
目の前には熱心にゲームをポチポチしてる細身のお兄ちゃん
斜め前には冷たそうな弁当を食うおっさん
横には小さい弁当を食べながらスマホを熱心に触るおばさん
こんな人ばかりが20人ほど集まって食堂という名ばかりの窓のない大部屋に詰められている。無骨な長机といすが並べられただけのコンクリートの空間。売店どころか食糧その他一切のものはない。食堂を名乗るのならせめて電子レンジぐらい置いてくれ。
コロナの名残りだろうか、黙食と書かれた張り紙が僕のような新参者にとってはせめてもの救いだ。しかし、その代償にかエアコンのブゥゥゥンという不快な音が絶え間なく鳴り響く。誰も気にしないのか。
さらにこの部屋の楽天の電波はかなりクソで、ほとんど繋がらない。つまり何もできない。単発の最賃の工場バイトってのはこういう世界なのかとはじめは思ったっけ。
何かの雑誌の付録を箱に詰めて、100個かごに入れたらレーンに流す、それだけの仕事。中身は子供だましの日用品だった。誰かが生きるために必要とすることはないだろう。
おっさんが犬食いでバクバク弁当を食っている。そんな急いで食ってどうするんだよ、あと40分以上この休憩時間は続くのに。
あーあ。仕事中は休憩があんなに楽しみだったのに、仕事してる方がマシなぐらい暇だ。そして僕はというとこいつらを尻目にローソンのチョコチップスティック六本入りの残り一本を、ローソンの緑茶と共にチビチビと食べている。食べ終わって仕舞えばほんとうにやることがなくなってしまう。お金があればもう少しましな昼食にできたのだが、お金があればこんなところには来ていない。
ただ、逆に考えると、各人に椅子とテーブルの最低限のスペースがあることは素晴らしいことなのかもしれない。記事をコソコソと書ける程度には最低限のプライベートの確保、そしてそれ以上に互いが互いに無関心だ。奥でコソコソとしゃべっているおばちゃんたち以外は。そうこうしているうちに最後のスティックパンの大きさが親指程度の長さしかない。休憩時間はあと35分。
うんこに行きたくなってきた。最悪だ。ここで一度席を外すともう戻ってこれないだろう。だって戻ってきたやつを見たことがないから。ペットボトルでも置いていけばいいだろうが、それができるほど僕は周りの人間を信用したくない。盗まれることなんてないだろうが、もし僕のいない間におっさんが間違えて僕のお茶を一口飲んでしまった。なんて可能性は絶対に潰さなければならない。そんな気分だった。
考えすぎといわれるだろうが、考えすぎてもなお退屈な世界だったから仕方ない。行くか我慢するかどうか悩んだ末、最後のスティックパンを口に入れた。ロッカールームに行って荷物を入れ、トイレに向かう。ロッカールームには電波が飛んでいるので、そこで立ってスマホでもいじっておけばいいだろう。
'0 0 1 1'
開かない。これは僕がロッカーに設定した4桁の番号だ。
'0 0 1 0'
開かない。ロッカーの中には仕事で使う髪の毛を覆うあの帽子が入っている。朝に受付のおばちゃんにもらったやつだ。
'0 0 1 2'
開かない。開かない。開かない。
'0 0 1 1'
信じたくなかった。つまみを回そうとする指に確かな抵抗を感じる。本気で回すのは怖かった。
openの時の番号が鍵になり、lockにして数字をガチャガチャといじりわからなくする。受付のおばちゃんにそう説明された過去が嫌にでも思い出された。ありえない話だけれど、ぼくはロックの番号を誤って変えてしまったのだろうか。
壁に掛けられている時計を見れば12時35分、あと25分だ。落ち着いて状況を整理する。あの帽子は必ずつけないといけない。何よりつけずに持ち場に行けばすごく目立つだろう。怒られるのもまあ嫌ではあるが、なんたって誰に怒られに行けばいいのかがわからない。工場の中には2,30人いるが、僕に指示した人は早々に消えていた。僕に怒ってくれる人を探すために工場の人に一人一人訪ねなければならないかもしれない。派遣のバイトの人間が、しかもロッカーの番号がわからないという子供みたいな理由を添えて。想像しただけで悪夢に感じた。
'0 0 0 1'
開かない。これは以前来た時に設定した番号だ。ほかの番号はもう思いつかない。
ただ、幸いなことに今はロッカールームには僕一人しかいなかった。ここは「更衣室」という扱いなので監視カメラもないだろう。今ならまだ何とかなるかもしれない。ローラーするしかない。はたから見れば完全に怪しいだろう。でもこれすら今しかできない。
'0 0 0 0'
'0 0 0 1'
'0 0 9 9'
開かない。とりあえず100通り試したが、駄目だった。左二桁は触っていないはずだ。焦りもあっていくつかの数字を見落としたかもしれない。でも、とりあえず100番台を探す、設定したときに手が当たったかもしれない。あのときはうんこに夢中だった。もう何も信じられない。ああもう、馬鹿すぎる。
ついに人が入ってきた。何列もあるロッカーの中、僕と同じ列に来た。番号をいじるのをやめ、さっとポケットから出したスマホに目を落とす。彼はどう見ても怪しい僕には一切目もくれず、奥へ行った。セーフか?緊張を悟られぬよう極めて平然な演技をする。そして彼は人3人分ほどの向こう側で、脱いだ上着を床に敷いて、座り込んでスマホをいじり始めた。頭がおかしくなりそうだ。
彼に目をやりながら、怪しくない程度にダイヤルを回す。どのくらいの速度で回せば怪しくないのか全く見当もつかなかったが、幸いなことに彼は変人だ。上を向くことはないだろう。それでもチマチマと周りをみていると、反対側のロッカーの上に白いものがあることに気づいた。あれは帽子だとすぐに分かった。僕の探しているものが、何の因果だろうか、置かれていた。
あれさえあればなんとかなる。ロッカーの上に置かれているのだからきっと前の日の人が置いていったごみだろう。自分のものは全部ロッカーに入れろと受付のおばちゃんは説明していた。だからこれは今は誰のものでもないはずだ。ただのごみなんだ。大体ただの備品だ。これは無料でもらったものだ。僕がこんなに焦る必要なんて全くなくて、何ならこのロッカールームのどこかに、ご自由にという形で置いているのかもしれない。監視カメラもない。こんなので焦っている僕は何て滑稽な人間と思われるだろう。そして僕は努めて自然な動きで、そして素早く、右手を伸ばしてそれを取り、とりあえずポケットに入れた。
泥棒
違うんだ。とりあえずなんだ。ロッカーの番号を見つけさえすれば、だからとりあえずポケットに入れただけなんだ。
200番台を探していた時、さらに人が入ってきた。時計を見ると40分を少し過ぎていた。自分でも何をするのが最善か、もうわからなかった。とりあえずロッカールームを出てトイレに向かった。誰にも僕を見られたくなかった。出すものはさっき全部出したのだから用は何にもない。時間は貴重だ。とりあえず手を洗ってまたロッカールームへ戻る。水はひどく冷たかった。
受付に行っておばちゃんに訳を説明して、帽子をもらえばいいじゃないか。戻る途中で閃いた。なんでこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。ロッカーは帰るときにマスターキーでも使えばいいだろう。何なら一万通り試すことも楽に感じた。赦しにも感じた。仕事さえ円滑に終わることができるのならなんだっていい。僕は大人でいたいんだ。非常階段を駆け足で降りる。カンカンカンと音が響く。受付は一階にある。
受付の扉を開くとそこは暗くて、静かだった。誰もいない。当然と言えば当然だ。おばちゃんだって昼飯を食べる。当たり前なことだ。そもそも派遣の人向けの受付なのだから、始業と就業の時しかいないのかもしれない。わからないけどここには誰もいない。戻ろう。それでも最悪は回避しているのだから。
ロッカールームに戻ると人が増えていて、あの彼はおっさんと喋っていた。なにかを探しているような人はいなかった。もう僕は何をすればよいのかわからない。それでも仕事へ行くことはできる。時計を見れば45分。出るには早かった。
ダイヤルを回すこと以外にやることがない。なんだか退屈だった。
'0 0 0 9'
開いた。開いちゃった。ガコンという子気味良い音とともに、僕の荷物が見えた。仕事まであと14分もあった。喜びたいがそうもいかない。僕はただ荷物を開けた普通の人なのだから。人が引いたタイミングでポケットから元の場所に戻した。一秒も早く手元から捨てたかった。
仕事が始まってからは平和なもので、僕はその平和がうれしかった。ただ手を動かせばよいのだからこんなに楽なことはない。が、その気持ちも20分もたてば消え、飽きていた。一時間後には地震でも起きないかなと考えていた。気がかりなのはあの帽子のことだった。戻ってきたときにもし消えていたら、僕は少し違っていたら泥棒になっていたんじゃないのか。それとも。そもそもそのままだったとしても、いったい何が違うのだろうか。
帰りのバスで「懐かしのボカロメドレー」を聞きながら眠った。面積比の公式はもう思い出せなかった。